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「緊急事態舞台芸術ネットワーク年次シンポジウム2024」が2024年12月9日に東京・世田谷パブリックシアター 稽古場で開催されました。
2020年に新型コロナウイルスによる演劇界の危機的状況を受けて発足し、そこで生まれた横のつながりをもとに舞台芸術業界の豊かな多様性と持続的発展を目指し、国際展開と業界基盤の強化に取り組んでいる一般社団法人緊急事態舞台芸術ネットワーク(以降、JPASN)。今年度の年次シンポジウムでは、今後の業界発展をリードする視点から、多様性、国際展開、プロデューサーの思い、さらには働き方や人権対応に焦点をあて、全3部構成で議論を深めました。
この記事では、その第1部「日本舞台芸術の多様性は世界に届くか?~アジアのハブとなるフェスティバルで海外展開・インバウンドをブーストする~」をレポートします。
【第1部】
「日本舞台芸術の多様性は世界に届くか?~アジアのハブとなるフェスティバルで海外展開・インバウンドをブーストする~」
登壇者(※五十音順)
◎伊藤達哉(ゴーチ・ブラザーズ)
◎尾木晴佳(東宝)
◎野田秀樹(NODA・MAP)
◎野村善文(PortPort)
◎福井健策(骨董通り法律事務所)
第1部の進行はJPASNの常任理事/政策部会長を務める福井氏が担い、まずは舞台・エンタテインメント産業における日本の舞台芸術界の現在地(の一部)が紹介されました。
近年、舞台・エンタテインメント産業は世界的な注目度も高く、成長度の大きいジャンルです。その中で日本市場は、世界市場25兆円のうち0.87兆円。スポーツ界は世界市場50兆円のうち日本市場は5.5兆円であることを考えると、舞台芸術界はさらなる成長が期待できる領域だと言えます。
そのうえで大きく注目されているのが海外展開(=アウトバウンド)と、海外からの来訪者の受け入れ(=インバウンド)。アウトバウンドについては、舞台芸術界でもNODA・MAP第27回公演『正三角関係』ロンドン公演(現地タイトル『Love in Action』)のチケット完売や、東宝の舞台『千と千尋の神隠し』が空前の30万人動員など、海外公演の成功例が増加しています。ところがインバウンド、つまり日本国内での公演は、舞台に限ると海外観客率0.3%という数字も出ています。海外観光客の入場が当たり前になってきた音楽フェスなどに比べると、明らかに出遅れているという状況です。
しかし舞台芸術界にとって海外観光客の存在は、今後避けては通れないものになっていくことも事実。日本の人口は今後25年で2割減り、単純計算で550万人の国内観客が喪失される予想です。逆に海外からの観光客は年々増加し、日本カルチャーへの関心も高まっています。そのうえで、先述のような一部の成功例はあるものの、業界内のノウハウの蓄積や共有、あるいは政府の長期的な支援となると、これからの課題と言えるものです。そのうえで「日本舞台芸術の多様性は世界に届くか?」を考えます。
まず語られたのは野田氏の経験。2022年は『Q』、2024年は『正三角関係』でロンドン公演を成功させた野田氏ですが、これまで数々の海外公演を体験し、どんな印象、どんな成果があったか。逆にどんな壁や課題があったのでしょうか。
野田氏「僕が最初に経験した海外公演はエディンバラ(エディンバラ・フェスティバル・フリンジ※世界三大演劇祭に挙げられる)でのものでした(1987年上演/劇団 夢の遊眠社『野獣降臨』)。演劇祭の委員長さんが若い日本の劇団に興味を示し、呼ばれました。その時は劇団で、日本の役者と行き、日本語で上演しました。その後ニューヨーク公演など含め海外公演を経験したことで、僕は海外の劇場の深さのようなものを感じ、劇団をストップして海外に行くことにしました。
最初はロンドンに行って、そこでは芝居のことをあまり考えずに暮らし、そのうち、タイの役者さんたちと『赤鬼』という芝居をつくりました。その時、役者さんたちの人間的な質の良さもあり自分の中に幸福感があって、海外の役者さんと芝居をすることもおもしろいなと、新しい世界が広がった。それで、これをロンドンで同じようにできないかと考えて2003年に持って行ったのですが、それは見事に失敗します。その時はよそいきに構えてしまった。その経験から、最初の段階から向こうの作家と一緒に英語で脚本を書いて上演しないと受け入れられないだろうと考え、3年かけて『THE BEE』をつくりました。それがうまくいき、イギリスの現場にも受け入れられるようになって、3本ほどコンスタントに芝居をつくりました。その後はパリに。身体性という意味でいえば私はパリのほうが理解されやすいのではないかと考え、(日本の役者で)『エッグ』と『贋作桜の森の満開の下』をやりました。ここまでやって初めて、いわゆるアウトバウンドに関心が戻って来たんですね。
それでロンドンにもう一回戻ろうと思ってやったのが『Q』と『正三角関係』。『Q』はロックバンドQUEENの曲を使う前提で、シェイクスピアをベースにした話だったので、イギリスに受け入れられやすいかなと思いました。先日の『正三角関係』はもうひとつ先にいき、私が長崎生まれということもあって、いつか海外に“原爆が落とされた国”としての話をぶつけたいなという思いがあったため、それをつくりました。現在はお客さんは順調に入っていますが、『赤鬼』なんかは当時は批評が強かったので、酷評をもらうと本当に客がピタッと来なくなりました。30人くらいしか入らない日があって、半分涙が出そうでした。でもイギリスの役者たちが『全然大丈夫だ。いい芝居だから』と言ってくれたりして。
(これまでの経験を踏まえて)僕が思うのは、向こうがおもしろいと思う芝居を打つこと。恐らくそういうことなんだと思います。そのノウハウという意味で、じゃあどういうものが受け入れられやすいかと言うと、我々としては非常に悔しい思いはありますが、間違いなくアニメ系です。東宝が『千と千尋の神隠し』でなさったことはすごい快挙だと思う。ロンドンで30万人動員するというのは大変なことですから。僕はプレビュー初日に行きましたが、客層が、いわゆる劇場に来る人というよりは、『千と千尋の神隠し』を愛している人たちだった。同様に私の『正三角関係』も、あっという間にチケットが売れた理由のひとつに、松本潤という代表的なポップスターが出演することで、アジアのお客さんがたくさん来たというのがあります。つまりロンドンでも、アニメとかポップスターとか、そういうところに観客は集まってくるわけですよね。だけれども演劇的なものに人が集まっているかというところでは、世界中で劇場は苦境にあるんじゃないかという話もありました」 (一部要約)
その話を受け、『千と千尋の神隠し』のプロデューサーを務めた東宝の尾木氏は「やはりタイトルの圧倒的なパワーがまずありました。それは無視できない事実」という前置きのもと、これほど受け入れられた理由に関して「自分が現地で感じたこととしては、日本のアニメ・マンガは人気だけれども、チケットの購買まで繋がっているかというとそういうことでもないのかなと。あくまで一要素であるという感覚はありました。その中でアウトバウンドの希望に感じたのは、フィクションであったとしても“当事者性”が求められること。“当事者本人が語る必要がある”という潮流が、日本人がウエストエンドやブロードウェイで作品をつくっていくうえで大きな後押しになるんじゃないかと感じました」と語り、そのうえで企画・立案という観点から「我々がアウトバウンドを成功させるために注目しなければいけないのは、日本の人気IP(知的財産)だから、というところから一歩進み、『これは日本人だから語れる物語なんだ』ということ。これが大きな突破口になると感じています。あともうひとつ感じたのは、お客さんは、日本の“カルチャー”を受け止めたいのではなくて、日本のカルチャーをベースにした上質な“エンタテインメント”を受け取りたいのだということ。カルチャーの“一歩先”を意識したほうがいいんだろうなということは強く感じました」
二人の話を受け、伊藤氏は「野田さんが20年、30年にわたり苦労しながらやってこられたお話や、東宝さんの取り組みとして尾木さんが感じられた課題も含め、これまでも数多くの海外進出の挑戦の中に成功例や課題がある。それがどうやったら“点”じゃなく“線”になり、“面”になっていくんだろうと考えます。JPASNは統括団体なので、そういったものを寄り合わせて未来に繋げていったり、必要であれば国の支援をいただくことが、いま必要なのかなと思いました」と話しました。
ここからは伊藤氏の発言にも通じる人材育成にまつわる話題へ。JPASNが取り組む「SOIL」事業について、SOIL事業事務局長・野村氏より説明がありました。
SOILとは、文化庁の令和5年度補正予算文化芸術活動基盤強化基金「クリエイター等育成・文化施設高付加値化支援事業(クリエイター等育成プロジェクト支援)」の採択を受け、JPASNが主催する企画です。日本の舞台芸術コンテンツにおける海外戦略のこれからをつくる「新たな土壌(=SOIL)」を構築することを目的とした事業で、作品を選定し、そこに対してノウハウ提供などのサポートや海外現地への派遣企画を行い、新たな機会を生み出すというもの。直近では、今年の エディンバラ・フェスティバル・フリンジにJPASNもしくはSOILとしていくつかの作品を選定し、日本の作品として紹介するような催しを行う予定です。そのほか、マンチェスター・インターナショナル・フェスティバル(M I F)チームを招聘し、人材育成の文脈でワークショップを実施します。3~5カ年の長期的なプロジェクトとして持続的な取り組みを目指し、【実地で経験し→そのノウハウを共有し→それを未来に向かって継承していく】という流れをつくろうとしています。
海外進出に際して、例えば連携先を海外で発見する、宣伝、券売、ビザ、輸送、税金、保険、契約交渉、最終的に黒字化できるか‥‥などなどさまざまな苦労がありますが、それについて尋ねられた野田氏は「やはりまずは現地でおもしろいと思われる作品をつくること。それは絶対的だと思う」と話します。「若い人をどんどん出すのもすごくいいこと。だけど前提として、そのショーケースに並ぶ作品がおもしろいと思われないと、日本の演劇が上がっていかない気がする。そこに何を持っていくかは一番大事。おもしろいと思ったら向こうも支援してくれる。だからまずはそこじゃないかなと思います」。それを聞いた野村氏は「作品を選ぶという話だと、カナダの「シナール」(モントリオール市に設立された舞台芸術の見本市)では、ショーケースで行われる作品をモントリオールの人たちだけでなく、海外の識者も招いて審査するようです。我々も審査基準を外に開く必要があるだろうと強く感じています」と話します。
また尾木氏は演劇界におけるグローバル人材の不足に触れ、「向こうでは、演劇は産業でビジネス。ですが今はビジネスとして成立させていくために必要な“海外でビジネスする力”が足りない。機会がないし、人材も不足している。これは今後の大きな壁になり得ると感じました」と明かすと、野村氏も「自分自身も、アメリカの大学で舞台美術の勉強をしたが、日本に帰ってきた時に演劇の入り口が見つけられなくて諦めた」と言います。ですがJPASNが始めた【舞台芸術おしごとナビ】に触れ、「当時これがあったら全然違っただろうなと思います。ちょっとずつ変わっているタイミングなのかな」と希望を語りました。
これまでの話からも伝わるようにアウトバウンドは活気を帯びている舞台芸術界。ではインバウンドはどうでしょうか? 例えば2024年1月から9月までに日本を訪れた外国人観光客の人数はすべての月で前年を上回っています。特に消費額は過去最高を記録しており、日本のモダンカルチャーへの関心も高まるという状況ですが、舞台芸術界に関しては、海外に向けて日本の舞台情報がほとんど発信されていないのが現状です。
また仮に興味を持たれたとしても、チケットは来日前の購入はもとより、当日券もまともには買えないシステムであることが実情。これは日本人にとっても問題なのですが、海外の観客にとってはさらに大きな問題です。チケットに限らず劇場においても、字幕も英語での説明用紙も準備されていないケースがほとんどだと考えると、対応が遅れていると言わざるを得ない状況です。そもそも大前提として、インバウンド対応が「課題」として認識されていないといえるのではないでしょうか。
JPASNはこうしたことにどうにか対応できないか考える中でひとつ、野田氏が発案者である【舞台芸術フェスティバル】の開催について話し合いを進めています。
既に日本でも国際フェスティバルは開催されていますが、例えば東京芸術祭2023の動員数4万6千人に対して、エディンバラ・フェスティバルの動員数は43万人。一桁少ないのが現状です。そこで日本でも、アジアのハブになるような大規模な舞台芸術フェスティバルを行えないか、と考えています。
「明るい未来のために」と語る野田氏は、発案のきっかけについて「忘れもしない2020年2月26日、コロナによって当時の首相から学校と劇場を中心とする施設は閉鎖というお達しが出た。その時に使われた“不要不急”という言葉。それは“いらない”ということですから。それが非常に大きかった。その時なぜそんなことになったかというと、やはり認知されていないからだと思いました。舞台芸術が『おもしろいものだ』『必要なものだ』と認知されていない。スポーツは認知されているので、やはりつぶれていきそうなことに対して多くの人の理解があった。舞台芸術もそのくらいのところに、自分たちの力で持っていかないといけない。そのためにはまずなにかをしなければというところで、お祭りが強いんじゃないかと思いました。特にコロナを経験したことによって、私たちは人と人が出会うことが大事だということに気付いた」と語ります。
そしてそのお祭りは「“巨大であること”と“定期的に行われること”が必要」と言い、「オリンピックが来ることを知らない人はほとんどいない。そのくらいの認知度になっていくような文化のお祭りをつくるのがいいんじゃないか。神社のお祭りのように、ある季節になったらこのお祭りのことを考えるところまで浸透した時に初めて“不要不急”とは言われなくなる。そのためにぜひ国際フェスティバルをつくりたい。それに海外から人が来て、人と人が会うと、それだけで自分たちが想像していないことが始まりますから。そういう大きい場をぜひつくりたい」。野田氏の語るような“産業としての認知”は、JPASNの発足から取り組んできた合言葉です。認知が低ければすべてが始まらない、そこからのスタートです。
その後も話題は広がり、国際的な場で英語で喋る姿勢(それは流暢でなくても)の必要性と、作品でどの言語を使うかは別の話ではないかという点に話が及びます。野村氏の「言語の特異な感覚や文化が生で表現に現れてくるという意味で、演劇って稀有な芸術表現なのではないかと感じています。海外フェスティバルの方とSOILの話をすると、『どんな作品を持って来るの? ノンバーバル?』とよく言われます。言語を超えて伝える意図は分かりつつ、言葉を捨ててなにが国際芸術祭なんだろうと悩む側面もあります。」という意見が出ると、近年、世界で日本のアニメを字幕で楽しむこと、オリジナルの言語で聞くことを望まれることが語られ、尾木氏も「『千と千尋の神隠し』の海外からの問い合わせは、みなさん日本語での上演を希望される。なぜかと尋ねると、オーセンティック(本物)だからと。そういう意味では、どの言語で上演するかというのは作品が表現したい本質に結び付くものなのかも」という話が出るなど、セッションならではのエピソードが飛び出しました。
そこから質疑の時間を経て、最後は登壇者から感想が語られ、伊藤氏の「奇跡のような場。野田さんの生の声などを共有でき、これがどう広がって、どういう風にこのネットワークでつなげられていくか。改めて今日、自分の課題にしましたし、ここまでの成果だなと思いました」という言葉で、第1部は締めくくられました。